野口さとこ写真展
「化粧地蔵の世界」へのプロローグ
わたしは、小樽で生まれ育った。
子どもの頃は、毎日のように前を通っていたお寺の門前にそびえ立つお地蔵さまが怖くて仕方がなかった。春には子ども用のカラフルな浴衣、寒くなると毛糸のマフラーと帽子に身を包むお地蔵さまのお顔は、その装いとはうらはらに、物憂げでミステリアス。わたしは心の内を見透かされている様な気がして、目を合わさないように、足早に通り過ぎたものだった。
そんな怖がりやの幼少期を経て、大人になったわたしは神仏の世界に惹かれ、たびたび京都を訪れていた。街路を1日歩きまわり、ヘトヘトになって宿に帰ろうとしていた矢先、ふと格子戸の付いた祠が視界に入ってきた。近づいて覗いてみると、奇妙な湿度を感じる薄暗い空間に真っ白い顔が浮かび上がった。そのお顔は愛嬌たっぷりユニークに描かれているのに、存在自体はなんだか神妙で、そのギャップに思わず笑みが溢れた。一歩引いて視線を上げると「延命地蔵」と書かれた扁額が掲げられていた。
このお地蔵さまは、質素で端正な顔立ちの渋い仏様という、わたしがそれまで抱いていたお地蔵さまのイメージを見事に覆した。後にわかったのは、京都では町内ごとに祠があり、お地蔵さまが鎮座している。そして、お顔が描かれたお地蔵さまは「化粧地蔵」と呼ばれており、京都を中心に近畿地方などで多いということだった。
それからのわたしは、すっかり化粧地蔵の魅力にハマってしまい、撮影に励んできた。来年には写真をまとめて発表したいと思っていた矢先、MaShu 神宮の杜ギャラリーのオーナー片見祝子さんから展示してみないかと声をかけていただいた。そのようなわけで、化粧地蔵の魅力を紹介すべく、今回の小さな写真展は『「化粧地蔵の世界」へのプロローグ』というタイトルとした。
北海道では 、ほぼお目にかかることのない化粧地蔵の世界に少しでも触れていただけると幸いである。
野口さとこ